Top

今日はどんな一日かな?岩手の盛岡から日々の様子を綴ります。
by kokemomoj
S M T W T F S
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31
"ST-flower1" Skin by Animal Skin
病気のこと・・・その4 いよいよ入院手術
今日は朝から、富良野から送ってもらったメロンをいただきました~。
e0012815_10165112.jpg

富良野に行ったとき「ファーム富田」で食べたんですが、あまりに美味しかったもので送ってもらいました。

う~ん、やっぱりおいし~ん。
でも、富良野で食べた時のほうがもっとおいしかったかな。
スキー場に行って、すごく素敵な人と知り合ってデートの約束をしても、町でもう一度会うと、たいしたことないじゃん!って感じですかね(笑)


さて、私の病気ですが、病気だけでも大変なのに、その他にもたくさんの出来事があった末に、ついに入院・手術の時を迎えました。



人気blogラインキングに参加しています。
よければポチッとお願いします↓
e0012815_0414421.gif





5月18日ついに入院の日を迎えた。
娘と息子が付き添ってくれた。
前日まで普通に仕事をこなしていたため、まだ病人だとかの実感がまったく無い。


脳外科の病棟は、医大東病棟6階。
救急医療センターの建物の上なので、医大の中でも建物的には一番新しい。
そのため、病棟は広く明るく、闘病生活をする上では環境がいい。
看護師さんもみんな若くてきれいで優しそう。

入院とともに、血液検査や心電図、尿検査などの検査をされる。
そして、あまり眠れないまま2日目を迎える。


ところで、頭の手術には、髪の毛をどうするか・・・と言うことが女性にとっては大問題になってくる。
今回の手術では、もうだいぶ前の診察の時から、「全剃毛」と言われていた。
頭が1㎜も動かないように固定しなければならないので、そのための固定ピンを数箇所打つのだそう。
そのピンを打ちやすくするためにも、全部剃ってくださいと言われていた。
ので、覚悟はしていた。
しかし、看護師さんから、「今日床屋さんに行ってきてください」と言われたときには、「えっ!今日?」「手術はまだ3日先なのに・・・」と思った。
でも、今日は金曜日で明日、あさっては床屋さんも休みなので・・・と言われ、仕方なくしぶしぶ行くことにした。
「髪の毛なんて、どうせまた生えてくるからいいや。」と思っていたが、それは強がりだった。
実際には、切られている最中には目を開けて鏡を見ることもできなかったし、知らないうちに目から涙がこぼれていた。
生まれて初めて、全く髪の毛がない状態と言うものは、想像以上にショックなものだった。

そして土曜日と日曜日の2日を挟み、いよいよ22日の月曜日。手術の日となる。



22日朝8時40分。
安定剤の注射をしてもらい、長い病衣に着替え、血栓防止の白いハイソックスをはかせられ、点滴を打ちストレッチャーに乗せられる。
家族や病室の人たちに見送られ、エレベータに乗り込む。「あ~、ついに来た・・・」
あまり感慨にふける暇も無いほど、あっという間に手術室に連れて行かれ、一番奥の部屋に入れられる。
部屋に入ってからは、看護師さんや麻酔科の先生がテキパキと動き説明をし、あっという間にマスクを口にあてられ、あっという間に意識がなくなってしまった。
「いいですか?これから麻酔をかけますよ~」なんて説明があるかと思ってたんだけど、そんな悠長なことはしなかった。
まあ、いろいろ考え過ぎなくてかえってよかったかも知れない。
とにかく、あっという間に意識が無くなった・・・・・と思う。
なにせ、マスクを口にあてられてからのことは全く覚えていないのだ。



そして、次に覚えているのは、
肩をたたかれ、「 ○○さーん! 分かりますか~! 」という先生の声。
ハッと気が付いた時には、ICUのベットの側に、オットと娘と息子が心配そうにたたずんでいた。
手術は無事終了していた。8時間位かかったらしい。
しかし、この間のことは全く覚えていない。
夢も見ない。全くの一瞬のうちに全ては終わっていた。

「やー・・」と言ったか、「はーい」と言ったかはっきり覚えていないが、右手を上げて答えたことは覚えている。
「ほら、大丈夫ですよ」と、先生が家族に向かって話している。
でも、私はまだボーっとした状態だったと思う。
家族がいつまで側にいたかも覚えていない。

次にはっきり気が付いたのは、看護師さんの声だった。
意識状態と身体に異常が無いかの確認のため名前、生年月日、今日の日付、ここは何処か?を答え、そして手や足を動かして見せなければいけない。

うつろな頭でそれらを答え、手や足を動かす。
「うん、異常は無いね。」「大丈夫だね。」
ほっとする。異常なんてあるわけが無い、頭だってこんなにはっきりしているし・・・
と勝手に思う。

その後、身体の向きを変えてもらう。頭も身体も自分のものじゃない感覚。
意識しないとそこに足がある、手があるってわからない感じ。頭も自分で動かせない。

そして、動くと同時に、ものすごい吐き気。
吐く。吐く。吐く・・・・



3時間毎にこれが繰り返される。
薄暗いICUの中、身体を動かせず周りを見回すこともできない状態のまま、今が何時なのかも全く分からない。
もうそろそろ、夜中の12時過ぎだろうな、と思って、「今日は何日?」の問いに「23日?」と答えたら、「まだ22日ですよ。夜の10時です。」って言われたときには、時間の経つのが絶望的に遅く感じられた。
いつになったら、明るい朝が来るんだろう・・・・


5月23日火曜日。
明るい朝が来ても、体調は変わらなかった。
吐き気だけは、吐き気止めを定期的に投与してもらうことで何とか抑えられていたが、身体は相変わらず自分のものじゃない。
頭も痛くて自分じゃ動かせない。
痛み止めも定期的に入れてもらう。


本当は、ここで自由に身体も動かして良かったんだろうと思う。
起き上がりさえしなければ。
でも、何故か全く身体が動かない。
っていうか、自分のものじゃない感覚。
動かしてみようという考えがうかんでこない。

そして、おっそろしく時間の経つのが遅い。


手術も成功し、特に何も問題ない状態だったらしい私は、看護師さんの計らいで、ICUの大部屋だと人の出入りが激しくてうるさいからと、小部屋に移動してもらった。
ここだと静かだからゆっくり休めるでしょ、と。
確かに静か、広いし、明るい。
ゆっくり休めるかも・・・・
でも、眠ろうかな・・・・と思った所に、例の3時間おきの確認がやってくる。
そして身体の向き変え。
また、吐き気。弱いけどでも気持ちが悪い。

周りに何も無いし誰も出入りしない分、時間がまた動かない。
時計との睨めっこ。
さっきからまだ、5分しかたっていない・・・・
「あ~、嫌だいやだ・・・。いつまでこんななんだろう・・・」

オットと娘が様子を見に来てくれる。
うれしいはずのその面会も、あまりの体調の悪さに、話す気力もなし。

とにかくずっと、時間との戦い。時計と睨めっこ。
こうして術後2日目は過ぎていった。


5月24日水曜日。
先生の回診。
傷の様子も大丈夫。
昨日撮ったCT画像にも問題なし。
「ちょっと起きてみて。」ベットを起こしてもらう。
え~!ちょっと静かにお願いします。
そんなに急に起こさないで~。
世界がふらふらしている。

「水を飲んでみましょう。」

吸い口でほんの少しの水を、ごっくん!
”あれ?ちゃんと飲み込めない。鼻の方に入って行きそう。なんで?”
なのに先生は、「あぁ、大丈夫だね。じゃあ、これからは飲み物は飲んでいいよ。」

そして、
「今日、一般病棟に戻りましょう。」



「へっ?戻れるの?だってまだ全然動いてないし、一人じゃ何もできないのに、大丈夫?」
と思ったが、もう先生は行ってしまって居ないし・・・・


そんなこんなで、ちょっと納得できないままICU生活から開放された私は、一般病棟へと戻ったのでした。
でも、このICU生活。
本当に大変でした。
「ICU症候群」という言葉があるそうです。
その内容はよく知りませんが、あの異様な雰囲気。
24時間常に監視されている、常に何かしら動いているというあの環境。
あそこに長い間入っていると、それだけで精神的にかなり参ってしまいそうです。
そういう意味では、
「えっ?もう一般病棟に戻るの?大丈夫なの?」って思ったし、一般病棟に戻ってからも結構具合が悪かったけど、早く戻ってよかったのかも?って思います。
先生の判断は正しかったってね。


この後、一般病棟で約半月の入院生活を送ることになります。
一日一日回復はしているけれども、それでもやはり、なかなか元の身体に戻ることはできません。
日々、あっちが痛い、こっちが具合悪い・・と言いながら過ごしました。
そのことは、また次に書きます。


人気blogラインキングに参加しています。
よければポチッとお願いします↓
e0012815_0414421.gif
[PR]
Top▲ by kokemomoj | 2006-08-08 12:02 | 病気のこと
<< 病気のこと・・・その5 やっと生還 | ページトップ | 病気のこと・・・その3  私の... >>