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今日はどんな一日かな?岩手の盛岡から日々の様子を綴ります。
by kokemomoj
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病気のこと・・・その3  私の病気以外にも大変なことが・・・
本日の盛岡は少々曇り空。
でも、気温は相変わらず真夏日です~。

お盆も近くなってきて、町は何やらざわついてきたように見えるこの頃。
思い出せば去年の今頃、おばあちゃんが病気で倒れたことから、我が家の不幸の連続が始まったのです。



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おばあちゃんの入院に伴って、おじいちゃんの介護が出来なくなり、介護ホームへ入所をお願いする。
でも、入所してすぐ高熱を出して病院へ入院。
肺炎との診断で治療中、今度はおしっこが出なくなってしまう。
検査の結果、膀胱がんが発見される。
がんを取ってもらう為に、大きな病院へ転院。
そして手術。
一応回復し、再度もといた病院へ転院。
そして、やや回復しホームへ帰る。
しかし、またすぐ肺炎発症。
病院へ逆戻り。

そして、その1週間後の朝、おじいちゃんは突然旅立ってしまいました。
79歳。心不全。
誰にも見取られず、私たちが駆けつけたときにはすでに動かなくなっていました。


入院中のおばあちゃんに「おじいちゃん、死んじゃった」と伝えに言った時の気持ちは何とも言えないものでした。
私もオットも、お葬式など出したこともなく、親戚に教えてもらいながら何とかすべて終わることができ、ほっと一安心したのもつかの間。


今度は、実家の父親が入院したとの事。
そして、病名は「すい臓がん」とのこと。
このままでは、余命3ヶ月~もっても1年との事。


手術をして全て摘出する方法もあるし、バイパス手術だけでご飯を食べれるようにする方法もあるし、何もしない方法もある。
いずれにしろ、長く生きることはできません。
どうしますか?・・・


家族だけ呼ばれて、どうするか相談してくださいと言われる。
告知も含めて。


みんなで考え、相談した。
姉は、告知はかわいそうだ。理由はごまかしてバイパス手術だけをしてもらったほうがいいと言う。
私は、父親の命をどうするか、私たちだけで決めてしまうことはできないと思った。
何も知らせず、自分の命があとどの位あるのか分からず、そして死んでいく。
やっぱり、自分の命だから、自分で決めたほうがいいのではと思った。

妹や弟も色々悩んでいた。決めかねていた。


でも、結局、父親に告知することにした。
やっぱり父の命をどうするか、父以外の人が勝手に決めてはいけないと思った。
それに、父はいずれ知るだろう。
そういう人だ。
まだまだ、若いものには負けないぞっていう人だ。
実際、まったくボケてもいないし、身体の不自由も無い。
病気のことも薬のことも何でもよく調べて、何でも知っている。
医者や看護師が困るくらい。
そんな父は、きっと自分の症状から、自分の命の短いことをすぐ感じ取るだろう。


そして、告知。
父は、全摘出手術を選択した。
79歳だ。
でも父は、たぶん大丈夫、取ってもらえればまた良くなるだろうと思ったに違いない。
私たちもそう思っていた。
後になって、そんな考えは甘いって事がよくわかったのだが、その時はそう思っていた。


治療はまず、黄疸を取るため、胆嚢から管を通して胆汁の排出を良くする。
そのための管を入れてもらったが、その管を入れている間は、絶食なのだと言う。
何も食べられない。
大部屋で、他の人たちは一日3回ご飯を食べるのに、父は何も口にできない。
一日中寝ているばかり。
その期間が1ヶ月も続く。
どんなに辛かっただろうと思う。
実際、頭がおかしくなったような、変な行動をとることもあった。
そのことを看護師さんに聞いても、この治療中にはよくあることですよ、って軽く言われてしまう。
何とかできないんだろうか。


そして、やっとその管が抜け、いよいよ手術だと思っていた矢先。
また、家族が病院に呼ばれた。

「 もう、全摘手術は無理ですね。年齢的なことがありますので。全摘手術してもその後回復するのは難しいと思うし、大きな手術だからもしかして手術に耐えられるかも分かりません。バイパス手術だけすることをお勧めします。」


だったら、この一ヶ月は何だったのよ。
何で最初の説明のときに、そう言ってくれなかったのよ。
これは、後で思ったこと。
その時は、そこまで考える余裕も無かったのかも知れない。
とにかく、早く楽になるように手術をして欲しかった。


この一ヶ月の間に、私自身も病院で「何かあります。」「手術です。」と言われていた。
そして、重なる時には、重なるもの。
娘の結婚が具体的に進められていて、結納をしなければならない時期だった。
それも考えなければならない。
頭が何個あっても足りないくらいだったが、私はいわゆる「ノーテンキ」な性格。
どのことも、あまり深刻に考えなかったから良かったのかも知れない。
心配性で几帳面でまじめな性格だったら、自分自身の精神が破綻していたかも知れない。


父は、無事手術を終了した。
みんなほっと一安心した。

しかし、その後にまたひと波乱が待っていた。

父の様子がおかしい。
変な事を言う。
変な行動を取る。
看護師さんの言うことを聞かない。
怒る、暴れる、噛み付く。
頭がおかしくなってしまった。

手術後暫く、そんな状態。
精神科の診察も受けたが、手術後の影響でしょうと言われる。

そして数日間後、その症状は、うそのように治っていた。
まったく、心配かけて!


その後、ずっと食べられなかった食事を少しずつ食べれるようになり、お風呂にも入って、ゆっくりだが歩けるようにもなった。
よかった、よかった。
これで暫くはまた元気で居られるだろう。と思った矢先、今度は肺炎を起こしてしまった。
急いで駆けつけると、呼吸がすごく苦しそう。
こちらの話すことは分かるらしいが、父のしゃべる事はもう私たちには理解できなかった。
声になって出てこない。

そして、様々な治療の結果、少し呼吸が楽になってきたかな・・・と安心していたのに、突然呼吸が止まって、そのまま父は逝ってしまった。


私たち姉弟4人に手や足を握られさすられ、孫にも看取られて、父は静かに逝った。

やっと、ご飯も食べれるようになって、これから元気になれるかな?と思った矢先。
突然だった。


そして、このショックは、今まで持ちこたえていた私の精神を深いところで蝕んでしまった。
それは、今まで感じたことの無い体の不調として私に現れた。

「強い動悸」「息切れ」「呼吸が苦しい」「このまま、息ができなくなったらどうしよう」・・・という症状になって。


やっとお葬式も終わり、実家の片付けもひと段落し、家に帰ってきてから、我慢できずに病院へ行った。
24時間心電図をとってもらい、心臓のエコーもとってもらい、呼吸状態の検査もしてもらったが、どこにも異常は無いとの事。

って事は、これはひとえに「精神的」なもの?
こんなに苦しいのに?

このとき、「私の精神って、弱いんだ。」って事が、初めて分かった。
4○年間生きてきて、「私は精神的に強いんだ、ポジティブだしノーテンキだ」ってずっと思ってきたけど、実はそうでもなかったらしい。


こんなことで、自分の心の弱みを知るなんて、複雑。


すごい、長文になったけど、去年から続いた我が家の不幸な出来事は以上でおしまい。
ほんと、どうなってるんだろうね?大殺界?


この他に、娘の結婚という一大イベントもあったので、これがまた大変。でも、これはおめでたい事だから良かったんだけどね。
まあ、こんなに一度に色々あったんだから、もう暫くは平穏無事な生活ができるだろうと、期待しております。


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Top▲ by kokemomoj | 2006-08-07 13:26 | 病気のこと
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